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中世・室町時代に知られた謎の猿楽能本
「知恵者猫(チエシヤネコ)」復活・試演について

にゃんや書店古文資料調査部

謹啓

 時下益々ご清祥の御趣き慶賀の至りに存じます。
 さて、既にご承知のごとく、昨年の多武峰文庫の調査研究に依り、これまで観阿弥以来の天才と目されながらもその生涯、作品共に謎に包まれていた沖阿弥日野清の手になると思われる大量の節付本が発見された事は大きな驚きでありました。中でも「チエシヤネコ」は室町より江戸期に至る各種文献にその名を見出しながらも、内容の全く伝わっていない廃曲であり、これらの能本が発掘された事は中世猿楽並びに文化史的考察のために貴重な資料となるものでありましょう。
 弊社では「チエシャネコ」復活試演にあたって、謡本を原典に可能な限り忠実に作成いたしました。どうかこの一冊をご笑納頂き、各方面のご研究にぜひともお役立て頂きたくここにお願い申し上げます。
          敬具
               
19××年四月一日

        にゃんや書店


知恵者猫(チエシャネコ)
四番目・略三番目(太鼓ナシ)
季 春(四月一日)
所 英吉利乃國(えぎりのくに)の不思議の郷

梗概 英吉利乃國(えぎりのくに)の度寺村(どじそん)に住む女が、或る日不思議なうさぎを追って穴に入ると、不思議の郷に迷い込んでしまった。帰る途がわからず途方にくれていると、半舞手團舞手(はんぶてだんぶて)なる名の者が現れて謎をかける。女がその謎を解くと知恵者猫が道を教へてくれるであらうと言って消える。
 なおも歩いて行くと女は森の中で知恵者猫に会うが、猫は右へ行くと烏帽子(えぼし)売りがいて、左へ行くと三月うさぎがいるが、両方とも物狂ひであると教える。そして我も物ぐるひであると言ひ、その訳を解説してみせる。やがて猫はニヤニヤ笑いながらだんだんと姿が消えてゆき、遂には猫の姿がすっかり消えてしまった後、ニヤニヤ笑ひだけが木々の間に残ってしまった。女は猫に教へられたとおり三月うさぎの方角へ向かって行くが、一度消えた猫は再び姿を現し、邪魔悪鬼(じゃばをっく)退治の様を舞ひに表現し、楽しき茶会へと去ってゆくのである。
曲趣 この曲は叔やかに優美にうたふ曲である。あまりに人口に膾炙されていることと、春光麗らかな不思議の森、これにニヤニヤ笑ふ猫を点出した絵巻のやうな美しい情景のみ考へられて兎角軽々しく取り扱われる傾向があるが、荒くならぬやう朗らかに運びよくうたふ。シテは柔らかに優美にうたふ。クセは静かなうちにも運びよくうたふ。キリは伸びやかにうたふ。

本文大意

次第〜道行
 英吉利の國の女が登場する。
次第「春の空の下を旅して、のどかな故郷へ帰ろう。
子方詞「英吉利の國の度寺の村に住む女である。ある日不思議なうさぎを見たのであるが、そのうさぎが遅れてしまうから急ごうと言いながら穴に入ったのを追ってゆくと、そこは不思議の郷であった。
道行「半舞手團舞手という者が壁の上に居た。そこから落ちてしまったが帝の馬や兵をもってしても、もとにもどすことはできなかった。

シテの出
 シテが登場する。
シテサシ「面白い事だ。頃は四月一日頃。四方の景色は春の美しい色であることよ。

問答
 猫は女を見つけてそなたは誰かと尋ねた。
 女は英吉利の國に住むものであるが、この森に迷い込み困っておりますと言ふ。
シテ「それはあわれであることよ。一本の樹、一河の流れに集うも何かの縁であるといふ。実は私がこの森で知られた知恵者猫である。家へ帰る道も知っているから教えてあげよう。

ロンギ〜中入地
 右へ行くと烏帽子(えぼし)売り、左へ行くと三月うさぎがいて、実はどちらも物狂いである。この私も物狂いなのだ。何故かといふと、狂ってないイヌは怒っている時には喉を鳴らし、嬉しい時にはしっぽを振るが、私は反対にうれしいと喉を鳴らし、怒る時にはしっぽをふるのであるから、と言ひながら猫の姿はだんだん消えてゆくのである。声は消え残っているが姿は見ると思えば消えて陽炎のようである。
 つひには姿がすっかり消えてニヤニヤ笑いだけが残っている。これは夢か幻かも知れないが三月うさぎの所へ行ってみようといって女は退場する。

後シテ〜キリ
 再び猫が登場する。
キリ「君も僕も、正しい道をみつけるならば英吉利の郷へ行けるであろう。こうしてめでたく物狂いしつつ、舞いのさす手には邪魔悪鬼(ジャバーウォック)を払い、引く手には豚の子を抱いて天竺鼠(テンジクネズミ)のヒゲを撫でてやる。こうして(三月ウサギの所で催されている)茶会へ行って楽しむのである。





謎を解かねば森から出ることができない「謎の間狂言」

間狂言

 二頁二行目「もとにもどすはかなはじ」の後、間狂言(半舞手團舞手と名のる所の者)が舞台にはいり、我を呼んだかと尋ねる。間狂言は子方に謎をかけ、解けなければこの森から出ることはできないと言ふ。
 その謎とは邪魔悪鬼(じゃばをっく)という魔物についてであり、獅子鷲(ぐりふぉん)鳥によれば「それは日時計の下に住み、金鳳花の実を食べ、目は金色にきらきらかかやいている」という。だが三月うさぎによれば「それは忘れ森に住み金鳳花(きんぽうげ)の実を食べ、火のごとく赤い目をしている」という。「いやいや、邪魔悪鬼は峰留馬(ミネルバ)山に住み黒葉水松(くろばいちい)の花を食べ、銀色の目をしている」と烏帽子(えぼし)売りは言い「忘れ森に住み仁仙華の果実を食べるのだ」と邪舞邪舞(じゃぶじゃぶ)鳥が言ふ。さて、これらの者供はみな一度ずつ正しく答えているのであるが、あとは全部うそであるという。では邪魔悪鬼はどこに住み、そして何を食べ、その目は何色であるか、というものであった。女は正しく答えたので、半舞手團舞手はそれではこの先へ行くと知恵者猫といふ猫がいるから道を尋ねると良いと言って退く。では、その正しい答えはなんであろうか。

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